NHKでやっている「こころの時代」の南直哉氏の回を見た。
曹洞宗禅僧。恐山院代。
細かい伏線は省くが、一言でいえば「本来無いものを『在る』と『在る』」ということが、如何に問題に満ちているか。さらに進んで言えば、それがどれほど。人の苦しみに繋がっているか。そのことについて、認識の誤謬を一つ一つ、たどりながら語られていた。
ご本人も仰っていたが、
「本当の自分を見つける」
事が、いかに矛盾に誤謬に満ちた問いであるか、が分かりやすい。
これを道元の「仏道をならうというは自己をならうなり…」(『正法眼蔵』)から語られていた。
これによると、自己をならうためには、自己を忘却。すなわち自己の措定を放棄しなければいけないと南は言う。
つまり、自己(本当の自分とでも言うか)は、
・自分の中で「あれか、これか…」と悩んだり
・(自分探しの)旅に出かけたり
・書物やメディアに求めたり
するものではないというわけだ。このようなものに依っては、自己はつかめない。
そしてこれに翻り、そもそも自己というものを「自分の中にある」と措定すること自体が誤りである。
すなわち、自己は私とあなたとの関係においてのみ存在するということ。
つまり、「あれかこれか」と自己の認識に求めるうちは、決して答えが出ない問いであるわけだ。
自分探しではなく、人と対峙するなか。社会に生きるなか、他者に対し自分がどう在れるか(見られる/認識される)が、自己の探究に通じるというわけだ。
他者との関係において、社会の中に置いて、どんな存在で在れるか。これが、自己を持ち、認識することになるわけだ。
余談であるが、あるいはデュナミスあるとかそういったものは、自然と他者によって彫りだされるものなのかもしれない。
威風堂々たるアポロ像が彫りだされるか、畏敬の風神雷神が彫りだされるか。
歪な細工か、あるいは彫りだすうちに砕かれ、形とならず朽ちてしまうか。
年月というものもあるかもしれない。
彫るという作業が、たったの一瞬で終わり、粉々となってしまうのか。
10年。50年という歳月をかけて、デリケートに彫りだされた名作か。
しかし、南直哉の話により浮き出たのは、やはりその半面の後天的な、経験的な側面だろうか。
自己の主体的なチカラの働きも無ではあるまい。
と考えると、あるいは自己の主体的な力のが、このステージまで引き上げるのだろうか。
すなわち自己を放棄することにより、間主観的に自己を要請するステージまで。
このステージに上るまでが、自己の主体的な力の努力なのかもしれない。
2009年4月6日月曜日
2009年3月28日土曜日
詩人 菊地勝彦
どうも見直していたら最近は小難しいエントリーばかり。たまには別の話題を。
知る人は誰もが評価する詩 人。菊池勝彦について。案外、「教わったことがある!」という人の方が多いかもしれない。氏は教育者でもあったから。
宮城県による文化人紹介によると、生年1932。
(受賞歴)
1.1961年 第5回現代詩 新人賞
2.1965年 第4回シナリオ作家協会 新人テレビシナリオコンクール 佳作入選
3.1979年 宮城県芸術選奨
作風は実存的、あるいはシュールレアリスム的である。
私見、一言で言うと「原色で描かれた激情」。そんな印象がある。
しかし、その裏には精緻なプロットと選言を伺わせる繊細さが感じられる。
実は私も教え子の一人だ。
菊地の教え子はしかし、以上のような説明にびっくりするだろう。
随分と訛りの酷い、一見、ただの人柄の良い田舎のおっさん風である。
一度、詩 人ボードレールについて「恐ろしい男だ…」と授業の間繰り返して居たのを、印象的に覚えている。
大抵の者は「何を言ってんだ。このおっさんは」と思っただろうが、ひとのことを言えるほど、温厚な詩 人では無い。
ふとした縁か。菊地は私の乗るバスの停留所の2つ先のバス停から乗っていた。
そこから、高校に向かうのだ。
今でもありありと思いだす。初老の背の高い、しかしながらお世辞にも都会風といえない顔立ち(人懐っこい)の男が、女子高校生の一段に囲まれて、仏頂面でバス停で待っているのだ。
そこはとある女子高の近くにあり、毎朝その光景は見られた。
今思えば、なかなかのお洒落でバーバリーのマフラーに、バーバリーのトレンチコートを着て。
その頃私はそうだ。「俺の文章は天才だ」と思いあがっていたのかもしれない。
それを菊地はいけない傾向だとわかっていたのだろう。
ある日、私は菊地が乗ってきたのを確かめ、菊地に話しかけたのだ。
菊地は人懐っこい顔で、訛りながら、「そこの二人掛けに座ろう」と並んでかけて、話始めた。
彼は私の文があまりのひとりよがりをたしなめたのだ。
それだけではなく、先達らしく、ただの否定だけではなく。寺山修二など著名な詩 人について語り始めた。
ちょうど、私も寺山などを読み始めた頃で、おそらく「お前も知っているであろう、あの著名な詩 人であれ」と示したい気持ちもあり、語ってくれたのであろう。
「寺山とは昔、一緒に仕事(著述)をしたことがある」などと、優しく語ってくださったのを覚えている。
知る人は誰もが評価する
宮城県による文化人紹介によると、生年1932。
(受賞歴)
1.1961年 第5回現代
2.1965年 第4回シナリオ作家協会 新人テレビシナリオコンクール 佳作入選
3.1979年 宮城県芸術選奨
作風は実存的、あるいはシュールレアリスム的である。
私見、一言で言うと「原色で描かれた激情」。そんな印象がある。
しかし、その裏には精緻なプロットと選言を伺わせる繊細さが感じられる。
実は私も教え子の一人だ。
菊地の教え子はしかし、以上のような説明にびっくりするだろう。
随分と訛りの酷い、一見、ただの人柄の良い田舎のおっさん風である。
一度、
大抵の者は「何を言ってんだ。このおっさんは」と思っただろうが、ひとのことを言えるほど、温厚な
ふとした縁か。菊地は私の乗るバスの停留所の2つ先のバス停から乗っていた。
そこから、高校に向かうのだ。
今でもありありと思いだす。初老の背の高い、しかしながらお世辞にも都会風といえない顔立ち(人懐っこい)の男が、女子高校生の一段に囲まれて、仏頂面でバス停で待っているのだ。
そこはとある女子高の近くにあり、毎朝その光景は見られた。
今思えば、なかなかのお洒落でバーバリーのマフラーに、バーバリーのトレンチコートを着て。
その頃私はそうだ。「俺の文章は天才だ」と思いあがっていたのかもしれない。
それを菊地はいけない傾向だとわかっていたのだろう。
ある日、私は菊地が乗ってきたのを確かめ、菊地に話しかけたのだ。
菊地は人懐っこい顔で、訛りながら、「そこの二人掛けに座ろう」と並んでかけて、話始めた。
彼は私の文があまりのひとりよがりをたしなめたのだ。
それだけではなく、先達らしく、ただの否定だけではなく。寺山修二など著名な
ちょうど、私も寺山などを読み始めた頃で、おそらく「お前も知っているであろう、あの著名な
「寺山とは昔、一緒に仕事(著述)をしたことがある」などと、優しく語ってくださったのを覚えている。
実存の正午。神が玉座に帰還する午後。
現象学的にモノゴトを捉える。
すなわち、モノゴトを、幾千の地平・プラトーの上から眺める。
そこには幾千の展望、風景がある。
唯一の神を亡き者にした後、誰もが「我欲す」と言う。
また、分裂気質に、「我欲す」るは幾千の「我欲す」の中の一つの表出である。
即ち、「わたくし」は、今日はソバにするが、実はうどんも捨てがたく、とはいえどもラーメンも美味しそうである中で、ソバにしてみた訳だ。
幾千の可能態から一つを選びだすことがは極めて楽になった。誰もそれをとがめない。
だが、一つを肯定しつづけることが、どれだけ困難になったことか。
神の玉座の不在は、そぞろなる分裂する精神のさまよえる荒野に。
存在への不安と、自我の解体。
これに抗うために、私たちは神話の時代へ神を招聘に行く。
神代の儀礼のように。
一つの物語を日に百度なぞる。
一つの物語に百の注釈をつける。
一つの物語のために、百の物語を否定する。
一つの自我を、ひとつの理念を実現するために。
原始の残酷な神が求めたように、百の人柱を要求する。
分裂し、とりとめもなく、瓦解する自我の不安と苦悩と較べたら。
比類なき安住を約束する人柱に、どうして誰も拒み続けることができようか。
幾千の地平が在るということが終わりではない。
幾千の地平からひとりの神が現れ。
百の人柱と人身御供の末、玉座に迎えられること、までが大切なことだ。
そして、神が絶対の物語を手に入れるまでの歴史と。
その物語を守り続けることの意義。
実存の後、我々は。
ここから歩みを始める。
すなわち、モノゴトを、幾千の地平・プラトーの上から眺める。
そこには幾千の展望、風景がある。
唯一の神を亡き者にした後、誰もが「我欲す」と言う。
また、分裂気質に、「我欲す」るは幾千の「我欲す」の中の一つの表出である。
即ち、「わたくし」は、今日はソバにするが、実はうどんも捨てがたく、とはいえどもラーメンも美味しそうである中で、ソバにしてみた訳だ。
幾千の可能態から一つを選びだすことがは極めて楽になった。誰もそれをとがめない。
だが、一つを肯定しつづけることが、どれだけ困難になったことか。
神の玉座の不在は、そぞろなる分裂する精神のさまよえる荒野に。
存在への不安と、自我の解体。
これに抗うために、私たちは神話の時代へ神を招聘に行く。
神代の儀礼のように。
一つの物語を日に百度なぞる。
一つの物語に百の注釈をつける。
一つの物語のために、百の物語を否定する。
一つの自我を、ひとつの理念を実現するために。
原始の残酷な神が求めたように、百の人柱を要求する。
分裂し、とりとめもなく、瓦解する自我の不安と苦悩と較べたら。
比類なき安住を約束する人柱に、どうして誰も拒み続けることができようか。
幾千の地平が在るということが終わりではない。
幾千の地平からひとりの神が現れ。
百の人柱と人身御供の末、玉座に迎えられること、までが大切なことだ。
そして、神が絶対の物語を手に入れるまでの歴史と。
その物語を守り続けることの意義。
実存の後、我々は。
ここから歩みを始める。
2009年3月26日木曜日
理念と肥大する自我(自我肥大)
「自我」はわたくし自身。
そして、あなたにも、彼にも、一つづつある。たいていは。
強い自我は、「わたくし」を実現させるため。他の自我を巻き込む。
ひるがえって、そのような自我はただ一人では存在することができない。
つまり、彼が実現するためには、一人の「わたくし」と、九十九人の「わたくし」を支える別の自我を必要とする訳だ。
それでは弱い自我は。
弱い自我は「わたくし」を実現できない。他の自我に依存しなくては居られない。
不思議なことに、同じように。
そのような自我もただ一人では存在することができない。
したがって、彼は強い「わたくし」の実現を支えて、それと一体化することを欲する。とても自然に。
「わたくし」はどのような偉大な自我の部品になれる、可能態なのか。
実際には、「わたくし」にもどこまでも微分可能な要素がある。
この「わたくし」の要素の集合体が、「わたくし」の自我なのか、あるいはそれぞれが個別体として「わたくし」の自我なのか。
肥大した自我は、理念ではないのか。
理念は物理的な「かたち」を持ち、発現する。
そして、「かたち」は相互的に、「理念」に影響を及ぼす。そして、「理念」は「自我」へ影響する。
そして、あなたにも、彼にも、一つづつある。たいていは。
強い自我は、「わたくし」を実現させるため。他の自我を巻き込む。
ひるがえって、そのような自我はただ一人では存在することができない。
つまり、彼が実現するためには、一人の「わたくし」と、九十九人の「わたくし」を支える別の自我を必要とする訳だ。
それでは弱い自我は。
弱い自我は「わたくし」を実現できない。他の自我に依存しなくては居られない。
不思議なことに、同じように。
そのような自我もただ一人では存在することができない。
したがって、彼は強い「わたくし」の実現を支えて、それと一体化することを欲する。とても自然に。
「わたくし」はどのような偉大な自我の部品になれる、可能態なのか。
実際には、「わたくし」にもどこまでも微分可能な要素がある。
この「わたくし」の要素の集合体が、「わたくし」の自我なのか、あるいはそれぞれが個別体として「わたくし」の自我なのか。
肥大した自我は、理念ではないのか。
理念は物理的な「かたち」を持ち、発現する。
そして、「かたち」は相互的に、「理念」に影響を及ぼす。そして、「理念」は「自我」へ影響する。
2009年3月12日木曜日
2009年2月6日金曜日
生存競争と倫理
世間知らずの若い世代、あるいは世知辛い人々。
本来、人類の繁栄、種の質の向上を考えるとそうだ。生存競争。こういう人たちには厳しくするべきだ。
すなわち、ずる賢さに躊躇する若者や、「ど根性」などというカッコ悪さを敬遠する、一種の世知辛い人々が不幸になろうと、それはそれで「その不幸から這い上がれなくては、君を我々人類の仲間とは認めない」というぐらいの、無視や冷徹な態度が必要だということだ。
大抵の雑草は、そこから這い上がる。他方、這い上がれない者もいるだろう。例えば、その不幸が致命的なものであったり、それが彼を立ち上がれないほど打ちのめしてしまう、ということだ。
さて、ひとつの興味深い問いがある。それは、次のような問いだ。
「我々は他者を、どこまで追い詰め、どこまで虐げることができるだろうか」
一人の人間を、立ち上がれないほど打ちのめす事は、社会、我々にとってはたやすいことではないだろうか。
これは可能である。
明示的に現れなくても、明らかな意図が前面に無くとも、もしかしたら誰かを立ち上がれないほど打ちのめしているかもしれない。このことには注意をしなくてはいけない。
明示的な意図、敵意がある場合は。これは仕方がない。
確かに倫理に反する際は社会として排斥し、そうではない場合は解決すべき人類の問題だ。
一つの解決は、無意識な(非明示的)な冷徹さが可能であるように、無意識な(非明示的)な暖かさが人には可能であるということだ。
つまり、挨拶であるとか、雑談であるとか、特に何かを明示的に意識しているわけではないものの、人を人にとって良い精神状態へ持っていく、ある種のビヘイビア。
本来、人類の繁栄、種の質の向上を考えるとそうだ。生存競争。こういう人たちには厳しくするべきだ。
すなわち、ずる賢さに躊躇する若者や、「ど根性」などというカッコ悪さを敬遠する、一種の世知辛い人々が不幸になろうと、それはそれで「その不幸から這い上がれなくては、君を我々人類の仲間とは認めない」というぐらいの、無視や冷徹な態度が必要だということだ。
大抵の雑草は、そこから這い上がる。他方、這い上がれない者もいるだろう。例えば、その不幸が致命的なものであったり、それが彼を立ち上がれないほど打ちのめしてしまう、ということだ。
さて、ひとつの興味深い問いがある。それは、次のような問いだ。
「我々は他者を、どこまで追い詰め、どこまで虐げることができるだろうか」
一人の人間を、立ち上がれないほど打ちのめす事は、社会、我々にとってはたやすいことではないだろうか。
これは可能である。
明示的に現れなくても、明らかな意図が前面に無くとも、もしかしたら誰かを立ち上がれないほど打ちのめしているかもしれない。このことには注意をしなくてはいけない。
明示的な意図、敵意がある場合は。これは仕方がない。
確かに倫理に反する際は社会として排斥し、そうではない場合は解決すべき人類の問題だ。
一つの解決は、無意識な(非明示的)な冷徹さが可能であるように、無意識な(非明示的)な暖かさが人には可能であるということだ。
つまり、挨拶であるとか、雑談であるとか、特に何かを明示的に意識しているわけではないものの、人を人にとって良い精神状態へ持っていく、ある種のビヘイビア。
2009年1月11日日曜日
ヤマハティーンズミュージックフェスティバル
備忘録:
そういえば、そんなのがあった。10年前ぐらいに出たのか。2000年頃。
確か、参加資格はその名の通り10代で、チャゲ&飛鳥がメジャーデビューする際にきっかけとなった「ポプコン」という大会と同趣旨ということから、かなりギラギラした眼つきの共演者がしのぎを削っていたことが印象的だった。
どうも最近はめっきり名前も聞かなかったので、備忘録として。
そういえば、そんなのがあった。10年前ぐらいに出たのか。2000年頃。
確か、参加資格はその名の通り10代で、チャゲ&飛鳥がメジャーデビューする際にきっかけとなった「ポプコン」という大会と同趣旨ということから、かなりギラギラした眼つきの共演者がしのぎを削っていたことが印象的だった。
どうも最近はめっきり名前も聞かなかったので、備忘録として。
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